2012/03/01

福岡県小竹町広報 特集「自殺予防について」


四戸智昭(インタビューによる記事)


嗜癖行動と自殺問題との関係性

嗜癖行動の一つにアルコール依存症がありますが、アルコール依存症の人がお酒をやめると自殺することがよくあります。なぜなら、彼らは、お酒をやめると、ものすごく不安になり、抑うつ感が出きますので、それを抑えるため、生き延びるためにお酒を飲んでいるからです。しかし、お酒を飲み続けても肝硬変になってしまいます。生きるために選んだ方法が着実に死に近づいているという意味で、自殺学者の中には「慢性自殺」という言葉を使う人もいます。ですから、自殺の問題と嗜癖行動学というのは、とてもつながりがあります。

嗜癖行動学の視点から考えれば、自殺をする人たちのほとんどが何らかの形でうつ病になっていると思います。中には、それに気づかない「仮面うつ病」と呼ばれる人たちもいます。仮面うつ病の特徴は、普段はにこにこ笑っていて、とてもうつ病には見えない人が、ある日突然自殺をしてしまうことです。このような特徴からも周りの人がその病気に気づくことは難しいです。そのため、社会全体で自殺予防対策が進まず、98年以降毎年3万人以上が自殺し、その数字も横ばいの状態が続いています。

最近では、仕事のストレスから不安に陥っているだけなのに、うつ病と診断される「新型うつ病」も出てきていますので、うつ病を正確に診断できるお医者さんにつながることが重要です。





周りの人間ができること

自分の周りの人がうつ病になったとき、どう接したら良い
か悩むと思います。これは、私の体験ではありませんが「ツレがうつになりまして。」という細川貂々さんの漫画は、うつ病になった夫と格闘する一場面が良く描かれていて、夫を見守る妻が「いいよ、そのままで。無理をして治そうとしなくていいよ。いつまでもうつでいたらいいじゃない。」と、プロのカウンセラーの接し方をしています。うつ病の人に頑張れというのが禁句だというのがそこなんです。

「そのままでいいよ。よかったら病院に行こう。」という雰囲気を周りが作ることが大切です。そして、家族ができることは騒ぐことです。精神保健福祉センターに電話するのも良いですし、保健所に患者会か家族会があるかどうかを聞いて、もしあるのであれば、そこに参加して患者さん同士の話や家族の体験談を聞いてみるのも良いと思います。

職場において、特に気をつけないといけないことは、上司が部下に対し、その人の許容量を超えて仕事を与えていないかということです。個々が抱える業務量を把握できるのは上司しかいませんので、どのぐらいの分量の業務を割り振っているか、また、部下が膨大な残業をしていないか、自宅に持って帰ってまで仕事をしていないかなどの状況を判断し、部下に与える業務量をコントロールしないといけません。しかし、人が足りない、人件費も少ないということでそれを見て見ぬふりをして業務を振り、残念ながら自殺が起きてしまいます。働き盛りの自殺者のほとんどは、オーバーワークをしていることが原因になっています。

「仮面うつ病」の人たちは共依存と言われていて、良い社員にならないといけないという強迫観念を持っていて、許容量を超える仕事を与えられても断れない。そして、最後は自分で命を絶つという選択肢を選んでしまいます。

自殺はある意味、生きている人に対する最大の暴力です。だから、遺族も自殺者が出るとかなり心に傷を残し、行き詰まります。もし、今から自殺しようとしている人がいるなら、「あなたは生き残っている人たちに対して、最大の暴力を振るおうとしている。」と言って止めるしかないです。自殺しようとする人たちが自分の思い込みだけで突き進んでしまわないように職場や地域で啓発活動ができているかが問題です。

職場では、社会が作った環境があるので、うつ病だと話す事に対して大きな壁があります。しかし、本人を無理にコントロールすることはできないので、あるがままを受け入れるこ
としかできないと思います。

また、日本人は「今は、できません。」と断ることが苦手だと言われていますが、それを言えるということは、自分自身を守ること、そして、最終的には組織を守ることになります。





居場所と役割

日本の統計を見れば、自殺者数の実数で多いのは70歳、80歳の高齢者です。また、高齢者の自殺数の多い都道府県は、秋田、青森、岩手の東北地方で、どんな高齢者が自殺をするのかと言えば、一人暮らしではなく、家族がいる高齢者が自殺しています。

家族がいるのに、住むこと食べることにも困らないのに、なぜ自殺をするのか。それは、自分
の居場所がないからです。自分の居場所とは何かを考えると役割があるということです。自殺をする高齢者は、家族の中での役割を取り上げられてしまっています。例えば、おばあちゃんが野良仕事をしていたら、周りからの見栄えが悪いと感じて、お嫁さんが「おばあちゃん、しなくていいから。家で休んでて。」となるわけです。それが一番良くないことです。死ぬまで人は働かないといけない。役割を与えられて、それが生きがいになるのです。だから、一人暮らしの高齢者は、自分で自分の世話をしないといけないので、生きがいがあるわけです。


昔から高齢者の自殺率は変わっていませんが、年々高齢者が増えていますので、高齢者の
自殺の実数は増えています。ここにも高齢者社会の影響が出ています。

依存症の問題から考えれば、基本的に自殺に年齢は関係ないと思います。人間は必ず何かをしていないと生きていけません。なぜかと言うと、じっとしていると自分の孤独感や寂しさと向き合わないといけなくなるからです。だから人間は仕事もするし、遊ぶし、常に何かをしているのです。そう考えると、遊びも仕事も差がないのです。大人にとっての遊びは仕事です。それをやって役割があるから自殺をしなくてもいいし、アルコールに依存しなくても良いのです。

アフリカで、今日食べられるか食べられないかといった状況に置かれた人は自殺をしません。戦時中もそうだったと思いますが、いつ爆撃を受けるか分からないときは自殺をしません。今は、インフラが整備され、平和ぼけをしているので、幸せなのが当たり前になっています。
だけど、生きるのは、人生の8割はつらいことなのです。つらくて、不安で、ストレスがたまります。でも、日本人はどこかでそれを取り違えてしまっています。





できることから始める自殺予防

心と体はつながっていることから、日ごろから日光を浴びながら軽めのウォーキングやジョギングをして、十分な睡眠時間を確保して、バランスのとれた食事を心がけるなど、心の健康を考えた食生活を送ることです。そして、健康なうちに自分の心を診てもらうかかりつけの精神科医を見つけておくことです。なぜなら、うつ病になってからだと病院に行くという行動がなかなかできないからです。でも、かかりつけ医がいれば、自分の知っている医師に会いにいくだけなので、恐怖感もなく病院に行くことができます。

地域においては、核家族化が進み、昔のように地域の人たちがコミュニケーションを図るこ
とは難しくなっていますので、動ける高齢者には「見守り隊」になってもらって、子どもたちの登下校時の見守りをするなどのボランティアに参加してもらうことが地域作りには良いと思います。そうすると、そこでコミュニケーションを図ることもでき、横のつながりが生まれます。

現代は、嗜癖する社会になってしまいました。学校では、子どもたちが本当は物静かなタイプなのに、それが原因でいじめられてしまうかもしれないから、あか抜けたキャラを演じ、本当の自分はインターネット上に書き込むのです。子どもたちの本当の居場所がコンビニの前に座っているならまだいい方で、インターネット上に移行しつつある状況です。大人は、子どもに携帯電話を持たせたり、家庭内で無線LANを設置して、どこでもインターネットができる環境を作っているのであれば、子どもたちの居場所がそこにあることを知っておかなければなりません。

また、最近は、フェイスブック上が居場所になっている大人が多く、「いいね」ボタンを繰り返
し押さないと悪いなと思ったり、ツイッターでもフォロワーをいくつ増やすかということで、結局パワーゲーム、権力闘争になっています。権力闘争に負けた人は、うつ病になって、アルコール依存症になって生き延びるかということになります。だから、パワーゲームはやめないといけない。そして、他人の成長をねたむのではなくて、自分の成長として受け入れることが喜びとして感じられる、そういう社会を作っていかないといけないと思います。