2012/07/02

世代間連鎖する価値観



福岡県立大学 四戸智昭
○過去思考型と未来思考型

 「どうして、家の子がひきこもってしまったのだろうか。」というのが、ひきこもりの子を持った多くの親の思考方法である。私はひきこもりの子を抱えたグループミーティングでは、いつもこの思考方法をしないようにと否定し続けている。
 必要な思考方法は「どうして。家の子に“ひきこもる”という行為が必要なのだろうか?」である。どちらも、日本語の文脈としては大した違いはないかもしれない。しかし、ひきこもっている彼らが、必要があって“ひきこもる”という行為をしている。と考えると、親たちの視野は確実に広がってくる。
 どう広がってくるかというと、前者の思考では大抵その結論に、「私の育て方が悪かった。」という理由が登場する場合が多い。結果として、子育ては過ぎ去った過去だから、親たちは、悔やんで自責するしか無い。これは、原因を過去に探る過去思考である。
 一方、どうして彼らに“ひきこもる”という行為が必要なのか?を考えるということは、未来思考である。自分の過去の子育てを悔やむ前に、今の子をよくよく観察する必要が出てくる。子だけではない、子がおかれた家族内の人間関係、子がおかれた友人関係、子がおかれた社会情勢をよくよく観察し、そこに“ひきこもる”という行為が必要な原因を探るわけである。





○子のひきこもりは、親の子育ての責任ではない
 ところで、「子のひきこもりは、親の子育ての責任ではない。」というのが私の持論である。最近では、発達障害の原因に、親の子育て原因説を唱える研究者がいるようだが、彼らは視野狭窄に陥っているとしか思えない。つまり、親の子育てと子の障害という結果のスパンがせいぜい5年~10年程度でしかなく、怪しい“三つ子の魂百まで”説の復活である。
 一方、家族機能を見る視点はこれと全く異なる。私たち現代に生きる者の生き方は、先祖の生き方の上に成り立っている。この考え方に基づけば、今の私と私の両親がこの世に生を受けた時間的経過は、ミーティングに参加する親たちにとっては、40年から60年ということになるだろうか。また、今の私と祖父、祖母がこの世に生を受けてからの時間的経過は、単純に計算すれば60年から120年ということになるだろう。
 つまり、私たちはこの世代間連鎖という鎖の中の一部として現在を生きている。今の私たちの思考方法や、倫理観、価値観、子育て観といったものは、先祖の生き方から受け継いできたものである。つまり、私たちは育てられた方法によって、自分の子を育てているのである。
私たち親は、自分がこの世に生を受けた環境や育てられ方を子どもの時選択できただろうか?そのような人は皆無である。従って、「子のひきこもりは、親の子育ての責任ではない。」私たちは、何世代にも及ぶ世代間連鎖の中に生きているのである。





○世代間連鎖はどう現在に影響を与えるのか?

 まず、親であるあなたの育ってきた環境を思い浮かべるといい。どんなふうに父親に接してもらったのか?どんなふうに母親に接してもらったのか?自分の子ども時代の生活環境はどうだったのか?
 中には、「父は呑んだくれて、母は一生懸命内職していたが、自分が小さい頃はとても貧乏で、高校にも行けなかった。」という親もいる。そういった方の思考は大抵こうである。「私の子どもには、同じような思いはさせたくない。せめて、高校、そして大学は卒業させてやりたい。そして、生活に困らないような会社に入社して結婚して幸せになって欲しい。」という思考が生まれる。
これは、自分の子どもに声に出して伝えなくても、子に確実に伝わる。あなたの日常の何気ない子への言葉かけ、態度にこれらは如実に現れるのである。しかし、現代社会はそうは簡単に行かない。たとえ大学を卒業できたとしても、若者の就職率はとても低く、たとえ入社したとしても会社からは過酷な即戦力が求められる。中には、上司からあからさまなパワー・ハラスメントを受ける若者もいるだろう。
過酷さに耐えかねて、退社を余儀なくされた子は、親の願いを叶えてあげる事が出来ないと感じ、自責の念にかられる。その結果、自己防衛のために、部屋にひきこもる若者もいる。あるいは、最近では“新型うつ”になる若者もいる。
 大切なのは、過去に「私の子どもには、同じような思いはさせたくない。せめて、高校、そして大学は卒業させてやりたい。そして、生活に困らないような会社に入社して結婚して幸せになって欲しい。」と思ったことを親が自責することではない。それに気がつくことである。そうすれば、次にどうすればよいかという解決の糸口が見えてくるだろう。問題(課題)を抱えた親には、自分が世代間連鎖の中にいることに気づくこと、そして未来思考型になることを是非お薦めしたい。



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