2013/10/16

西日本新聞「不登校・ひきこもり考」連載エッセイ4

親が変わることから

四戸 智昭

家族百景Ⅱ「不登校・ひきこもり考―親子の視点から」
西日本新聞朝刊 2013年9月3日 掲載



 「息子をどうしたらよいですか!」。40歳になるひきこもりの息子を抱えた母親が厳しい表情で私に詰問する。70歳を目前にひかえたこの母親は、ひきこもって十五年になる息子とふたり暮らし、夫は十年ほど前に他界している。今はこの母親が受給する年金だけがふたりの生活の支えだ。

 息子は、勤務先の上司からいじめを受け退職を余儀なくされて以来、ひきこもりの生活が続いている。息子は調子が悪くなると、酒に入り浸る毎日が続き、酔った勢いで母親に暴言を吐いたり、物にあたっては壁に穴を開けたりする。

 ある日母親は、私がコーディネーターをつとめる「ひきこもり家族会」に初めて足を運んだ。この家族会は、ひきこもりの子を抱えた親たちが自分の事を語り合う会で、いわば当事者による課題解決のための自助グループと呼ばれるものだ。二時間ほどの会の間、その母親は上の空で参加者たちと肩を並べていた。会が終わった途端に私に詰め寄って身の上話を始め、最後に「息子をどうしたらよいですか!」と詰問する。

 こんな時の私の回答は決まっている。「まずは、あなたが変わることです。」ここで大抵の親たちは憮然とした態度でその場を立ち去る事が多い。相談する多くの親たちは問題を解決するための特効薬を専門家に求める。つまり、息子をどう変えればよいのかばかり考え、親自身に変化が必要だとは夢にも思っていない。

 私たちは人間関係の中で生活している。他者から帰ってくる反応はいわば鏡に映る自分を見るようなものだ。つまり、他者に対する自分の反応が変われば、自ずと他者は変わっていく。たとえば、喫煙者が禁煙を思いついた時の事を考えてみよう。ヘビースモーカーであれば、周囲の誰もが禁煙は難しいと叫ぶ。しかし、この喫煙者の禁煙がある程度長続きしたところで、禁煙を止めようとすると、今度は周囲が喫煙を阻止しようとする。これは禁煙という自分で起こした変化が、周囲の態度を変えた瞬間である。

 さて、この母親は翌月以降も根気強くこの家族会に参加した。母親には、仲間の声に耳を傾けることで変化が生まれていたのだ。その母親の変化を受けて息子の酒癖も治っていった。


2013/10/04

西日本新聞「不登校・ひきこもり考」連載エッセイ3

子どもと社会をつなぐ

四戸 智昭

家族百景Ⅱ「不登校・ひきこもり考―親子の視点から」
西日本新聞朝刊 2013年8月27日 掲載


 「お父さんに相談しても、何も言わないか。言っても文句しか言わない。」不登校やひきこもりの子を抱えた母たちがあきれたように口々に言う言葉だ。
私は様々な場所で親たちの相談を受けるが、そこに登場するのは、圧倒的に母が多く、父の登場はその十分の一ほどである。

 ある父は、不登校になった娘の対応について妻と衝突し、憤慨してから口を閉ざしてしまった。またある父は「息子のひきこもった姿は見たくない」と家で息子に対面するのを極力避けようとする。母の多くは、問題解決のために登場してくれない夫に嫌気を感じていることがほとんどで、結果不登校ひきこもりの解決に奔走するのは母独りだけになってしまう。

 家族に起こる他の様々な問題においてもこの状況は似ている。たとえば、息子の非行や娘の摂食障害でも、多くの父は問題を避けて仕事に打ち込み帰宅時間が極端に遅くなる仕事依存になるか。休日にはパチンコ三昧のギャンブル依存だったりする。これらはいるのにいない父の姿だ。私はこれを家族問題における「父性の不在」と呼んでいる。

 ここで言う父性とは生物学的な男性の父を指しているのではない。子を社会に繋ぐ優しさと厳しさを兼ね備えた性質のことだ。シングルマザーであれば、ひとりで母性とこの父性の役割を担うことが重要だ。

 この父性の不在は問題解決を遅らせてしまう要因になる。不登校やひきこもりの子と母の共依存(支配し合う)関係がさらに強固なものになってしまうからだ。母は問題解決のために、子の世話を必死にしようとし、子は母の世話(愛情)を得ようとする関係だ。

 またこの「父性の不在」は「父(社会)から見捨てられた」というメッセージとして子に伝わる。つまり、不登校の私はよい子ではない。ひきこもりの子は社会の厄介者というメッセージだ。こうして彼らたちは、さらなる自責の念に駆られることになる。

 このような状況を逆から見ると、夫婦のコミュニケーション不足が子の不登校やひきこもり問題を生んでいると考えることもできる。つまり、子は不登校やひきこもるという行為を通じて夫婦関係を修復しようとしているとも言える。

 問題の解決には家族内におけるこのような夫婦のアンバランスな状態を解消する必要がある。すなわち家族をとりまとめるリーダーとして父(父性)が登場することである。そのためには、母は冷静になり、問題から一歩下がって独りで奔走しないことだ。「今抱えている問題は私には手に負えない。夫の協力が何よりも必要だ」というメッセージを夫に粘り強く伝える必要がある。

 また夫は一家のリーダーという役割を勘違いしないようにしなければならない。リーダーと独裁とは違う。真のリーダーとは弱い立場の人のために静かに立ち上がる人のことを言うのだ。