福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。
ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。
◆◆◆
ひきこもりの日々というのはつらいものです。
ひきこもりはとても楽ちんです。
ひきこもりとは現実逃避です。
ひきこもりとは命を守る手段です。
どれが正しいでしょうか?
正解はどれも正しいです。
人の心は変わります。
一日の間にもくるくると変わります。
「朝仕事に行きたくない」と思い、仕事場に行って「仕事の段取りがどうなっているか」に集中し、昼には「気の合う同僚との会話」をしながら昼食をとります。
結婚されていて家事をやっている方なら「朝食の準備」から「洗濯」や「掃除」など家庭での仕事にも心を集中させ、さらに「ごみの日にはゴミを出すくらいはしてもらわないと。家事の大変さなんか言ってもわからないだろうし、キッチンを片付けずに食事をして平気な人だからやってもらってもイライラするだけなのよね」ともっと心を動かしています。
ひきこもりはじめの人は「疲れた」「なんでこうなったんだろう?」「親に追及されたら言い訳の言葉もない」と思いつつ、何かこのそわそわを消してくれるものはないかとスマホに集中したり、朝気疲れしないために夜遅くまで起きるなど必死に頑張ります。
その生活に慣れてくると「自分はダメな人間だ」「死にたい」と思いつつも「自殺は悪いことだ」「事件にしたくない」と思うようになります。
無意識に今の状態をよりよくできないだろうかと親と和解しようとするのですが
「停戦条件は仕事」
と言われて交渉を打ち切ります。
交渉を打ち切ると今度は親が交渉継続を求めてくるので「見捨てられたわけではない」と思い、親が強く自分を支配していると思っていたけれど自分もそこまで弱い存在でないのだと気づきます。
そう自分を親が押さえ込んでいるように親を社会が押さえ込んでいるのです!
「事件になったら困るのは親も同じ!」
これくらいになるとひきこもりの人は生活リズムを自分で調整できるようになります。
「殺るか、殺されるか」でピリピリしていた交渉前とは別の側面がでてきます。
親御さんの中には「暴力をふるってくるので怖い」と訴える方がいるし、「殺されるかもしれないからまともに相手にすることができない」と思っている方もいるようですがよっぽどの圧力をかけない限り、そんなことはありません。
たとえばずーっと黙っていて急に「働きなさい!」とひきこもりの人に言うような場合はひきこもりの人の心は「今までまともな話ひとつしなかったのにいきなり働けなんてよっぽどのことがあったに違いない! とんでもない覚悟があるに違いない! 大変だ! どうしよう!」と大混乱に陥ってしまいます。
その驚きで声が大きくなり、言っていることをまとめられなくなり、怒鳴り散らした結果が「うちの子はちょっと声をかけても大声を出してわけのわからないことを言う」となってしまうわけです。
ついでにそれが嫌なのでさらに話をしてくれないようになるとひきこもりの人からは交渉の窓口を開くこともできません。
「あいつに殺されるかもしれない」と思っている人に話しかけたら何をされるかわかりません。
少なくとも私はそうでした。
こうしてすれ違いは続いていきます。
何年も何十年も。
こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)
<プロフィール> 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。 |