2025/06/27

—ひきこもりサバイバー58 -ひきこもりの人と親たちとの心のすれ違い-

 福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆


ひきこもりの日々というのはつらいものです。

ひきこもりはとても楽ちんです。

ひきこもりとは現実逃避です。

ひきこもりとは命を守る手段です。

どれが正しいでしょうか?

正解はどれも正しいです。

人の心は変わります。

一日の間にもくるくると変わります。

「朝仕事に行きたくない」と思い、仕事場に行って「仕事の段取りがどうなっているか」に集中し、昼には「気の合う同僚との会話」をしながら昼食をとります。

結婚されていて家事をやっている方なら「朝食の準備」から「洗濯」や「掃除」など家庭での仕事にも心を集中させ、さらに「ごみの日にはゴミを出すくらいはしてもらわないと。家事の大変さなんか言ってもわからないだろうし、キッチンを片付けずに食事をして平気な人だからやってもらってもイライラするだけなのよね」ともっと心を動かしています。

ひきこもりはじめの人は「疲れた」「なんでこうなったんだろう?」「親に追及されたら言い訳の言葉もない」と思いつつ、何かこのそわそわを消してくれるものはないかとスマホに集中したり、朝気疲れしないために夜遅くまで起きるなど必死に頑張ります。

その生活に慣れてくると「自分はダメな人間だ」「死にたい」と思いつつも「自殺は悪いことだ」「事件にしたくない」と思うようになります。

無意識に今の状態をよりよくできないだろうかと親と和解しようとするのですが

「停戦条件は仕事」

と言われて交渉を打ち切ります。

交渉を打ち切ると今度は親が交渉継続を求めてくるので「見捨てられたわけではない」と思い、親が強く自分を支配していると思っていたけれど自分もそこまで弱い存在でないのだと気づきます。

そう自分を親が押さえ込んでいるように親を社会が押さえ込んでいるのです!

「事件になったら困るのは親も同じ!」

これくらいになるとひきこもりの人は生活リズムを自分で調整できるようになります。

「殺るか、殺されるか」でピリピリしていた交渉前とは別の側面がでてきます。

親御さんの中には「暴力をふるってくるので怖い」と訴える方がいるし、「殺されるかもしれないからまともに相手にすることができない」と思っている方もいるようですがよっぽどの圧力をかけない限り、そんなことはありません。

たとえばずーっと黙っていて急に「働きなさい!」とひきこもりの人に言うような場合はひきこもりの人の心は「今までまともな話ひとつしなかったのにいきなり働けなんてよっぽどのことがあったに違いない! とんでもない覚悟があるに違いない! 大変だ! どうしよう!」と大混乱に陥ってしまいます。

その驚きで声が大きくなり、言っていることをまとめられなくなり、怒鳴り散らした結果が「うちの子はちょっと声をかけても大声を出してわけのわからないことを言う」となってしまうわけです。

ついでにそれが嫌なのでさらに話をしてくれないようになるとひきこもりの人からは交渉の窓口を開くこともできません。

「あいつに殺されるかもしれない」と思っている人に話しかけたら何をされるかわかりません。

少なくとも私はそうでした。

こうしてすれ違いは続いていきます。

何年も何十年も。







こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

 

2025/06/20

—ひきこもりサバイバー57 -不登校の経験は一生残る苦しみ-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『小さな成功の極意』というお話。

◆◆◆

私はひきこもりを経験する前に不登校を経験しています。

私が高校三年生のとき夏休みを入れて三か月ほどの短い経験で、その後、先生方のおかげで無事高校は卒業させてもらっていますがそれでもあれから28年たった今でも

「暗くて逃げられない教室の中に閉じ込められて、やりたくないけれどやらなければならない勉強らしきことを机に向かってやっている」

を夢に見ます。

「また明日も学校に行かないと」いうと暗い気持ちで目覚めます。

そして「もう高校生じゃないから学校に行かなくていいのだ」と気づきます。

私は何とか高校を卒業させてもらっているので「不登校を貫いて高校を辞めた人たちに申し訳ない気持ち」や「自分が何だかんだで自分の意志を貫かなかった卑怯者だ」という気持ちがあるのかもしれません。

それとも先生たちが一生懸命助けてくれるのだからと悲鳴を上げる心を押し殺してがむしゃらに頑張ったために心が悲鳴を上げたことに気づいて欲しい、気づかないとダメだという心からのメッセージなのかもしれません。

「もう学校に行かなくていい」

と気づくのでひきこもり状態のときからずっと見続けている夢です。

目覚めたときには心底疲れ果てています。

ひきこもりをやめて支援機関の作業所に通い始めてからもそうでした。

障碍者就労をしてからも同じです。

そしてそれをやめてしまった今でも同じ夢を見ます。

私の経験に従って考えると心と体が疲れ果てているときにこの夢を見るようです。

不登校を経験した人たちが私と同じような形で心の傷を何度も見せつけられていないことを祈りたいと思います。

みんなと違い不登校になったということは「みんなと同じでいたかった」ひきこもりの人には耐えがたいことなのかもしれません。

それとも何とか卒業させてもらった私のような者だけが感じる引け目なのでしょうか?





こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2025/06/13

—ひきこもりサバイバー56 -ひきこもり流、やって後悔するよりも何もやらずに我慢する方がいい-

 福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

「やって後悔するよりも何もやらずに我慢する方がいい」

あなたはこれを聞いて何を感じるでしょうか?

もしあなたが「成功するか失敗するかわからないならチャレンジするべきだ」と考えるポジティブな方なら「どうせ後悔するならばやって後悔する方がいい」の覚え間違いじゃないかと思うかもしれません。

そしてその考え方こそがひきこもりの人に対する親や社会の「家に引きこもっていないで外に出て人や社会とかかわるようになれば何とかなる」という考え方の源泉となっているように思えます。

すごく簡単な言い回しをすると

「根拠のない自信を持って行動しなさい。上手くいくかもしれないから」

です。

今の社会はチャレンジして発展する社会なのでこの考え方はとても時代に合っています。

企業家精神を持った人が誰もやっていないことにチャレンジして新しいビジネスが生まれ、仕事が生まれ、失業者が減るという流れが上手くいくようにするのが理想なのでチャレンジ、ベンチャーは必要不可欠です。

これが今の社会の基本です。

基本なのですが、私たちひきこもりは「自信の持てない慎重な人」です。

起業するより大会社の地方支社の社員になることを選ぶタイプです。

成功するかしないかわからないことをするなんて!

もし失敗したらどうするんだ!

と思ってしまいます。

なぜなら

「学校や会社で追い詰められてひきこもった人たちは追い詰められた人間がどんなに危険なことを考えるかを体験しているから」

です。

本当に追い詰められると選択肢は

「自分を消すか」

「相手を消すか」

の二択になります。

相手を「当たり前」に置き換えればその緊急性を分かってもらえるかもしれません。

閉塞感のある社会を変えるために今の国際秩序を無視してイスラム国を建国するぞ!

そのベンチャー国家建設のためのテロ行為にチャレンジするイスラム教徒は関係のない外国の人たち。

追い詰められた人間はどんなギャンブルにでも手を出すものなのです。

あなたはそれでもチャレンジをした方がいいと思いますか?





こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2025/06/06

—ひきこもりサバイバー55 -あなたが今一番悩んでいることは何ですか?-

 福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『小さな成功の極意』というお話。

◆◆◆


四戸智昭先生の名言です。

私はこれを保健所主催のひきこもり家族相談会で聞いたときに「さすがだなぁ」と感心してしまいました。

それは「自分が悩んでいることを言葉にしないと人には伝わらない」、「自分が何に悩んでいるのかを理解することが大切」、「その中で今一番大変だと感じていることから解決して行きましょう」というメッセージをすごくわかりやすい形で盛り込まれているからです。

これがちゃんと学問として勉強して現実の場でそれを実践している人のすごさかとため息が出ました。

そして

「自分の体験だけを頼りにやっている私と違う方向性の人だ。これなら学問的なことは全面的にやってくれるだろうから自分は直感で突っ走っていいなぁ。面白くなりそうだ!」

そんなことを考えて自由にやらせていただきました。

私は超素直なので「自分の今一番悩んでいることは何か?」を考え

親に現状を分かってもらってもらって

「いつになったら人並みになってくれるの? 私たちもいつまでも生きてないのよ!」

と言わないでもらうことと決めました。

決めたものの、実行までには半年かかりました。

「今日こそ話をしよう」と思いつつできなくて私がどんな気持ちなのかをノートに書きだしてはまごついていました。

ノートの左半分に今の気持ちや自分の希望を書き、右のページに親の言葉を記録する空白を作ってノートの枠外に「話はさえぎらず最後まで聞く」と大書しました。

そしてある障碍者雇用を推進している会社を見学に行ったとき、そこの管理者の人が「障碍者の人たちはみんなやる気に満ちています。自己通勤のための支援もしています」と自信に満々に語っていたのを聞いて、気持ちがもやもやしてイライラしたのをきっかけに、ノートを持って親との話し合いに臨みました。

三日に一回しかこれない人がいる状況でやる気に満ちていると言われるとどうしてももやもやします。

「給与がいくらか、昇給昇進があるのか」という質問をしなかった自分にイライラします。

そういうもやもやイライラがリミッターを外してくれたのでしょう。

ひきこもりの人が親にいきなり「働け」と言われて大声を出したり、暴れたりしてしまうようなものです。

話し合いは四時間にわたりました。

ひきこもりの人の親御さんはよくある朝まで説教現象を思い出してもらえればいいと思います。

私はひきこもりになる人の特徴の「超真面目」特性を持っているのでやり始めたら倒れるまで突っ走ります。

せっかくなので母親だけでなく父親も招集し、母が話す時に父が遮ろうとしたら「今はお母さんが話しているからそれが終わってから」「お母さんの話を座って聞いてないとちゃんと反論できないでしょ。話が終わるまで動くな!」「さあお母さん、話したいことは全部話していいよ。俺は怒るかもしれないけどそれは俺の気持ちだから」といった調子で何度もトイレに立つ両親に「俺、この話が終わるまで動かないから。終わるまでどっちも逃がさないから」と必死で食らいついていきました。

「死でしまったら文句も言えんぜ」

というやつです。

こうして戦々恐々とした話し合いをノート一冊分くらいやったころにはそれなりに待遇は改善され、私の両親への理解も深まりました。

両親は「あんたは何をするかわからないから怖い」と言っていましたがそういうことを言ってもらえると私も「そうなんだ」と自分だけで思い込むより私を理解できます。

家族だからこそ安心して言いすぎてしまうことも当然あります。

しかし今一番悩んでいることを解決しようと努力するのは素晴らしいことです。

とてもとても大変なことだけれどとても大切なこともあります。

あの話し合いの日々の後、「あんたが普通になってくれたら」と言われてもそこまで頭に来なくなりました。

私はその言葉が嫌だったのではなく、私の気持ちを知ってもらえていなかったこと、知ってもらおうと努力していないことが嫌だったのです。

あなたが今一番悩んでいることは何ですか?

一度、それを考えてみるだけでも見える景色は変わり、やるべき行動が見えてきます。

なぜならそれは今の自分の心に語りかける行為だからです。





こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。