福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。
ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『あなたはひきこもりですか? それともひきこもり脱出者ですか?』というお話。
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ごろんと寝返りを打ったらスマホに手が当たった。
ベッドに 座ったときにスマホがお尻の下にあった。
なんてことはないでしょうか?
私はひきこもっていたので携帯時代に乗り遅れ、ずっと無手で過ごしていました。
スマホを買ったきっかけは
「ひきこもっている息子にスマホを買ってあげたのにその日に使わないからと 言われた。スマホで外につながってくれたらと思っただけなのに」
という相談を受けたからでした。
私は「ひきこもっている人にスマホ渡してもコミュニケーションをとる 相手なんていませんよ。普通の反応だと思います」と返事をしました。
特に今まで話もできなかった親からスマホを渡されるとひきこもりの人はそれで私たちと話をしなさいとの圧すら感じてしまいます。
それを伝えたのですが自分が持っていないのに言うのは違うと思ったのですぐにアップルストアで購入しました。
そして使い方がわからなかった話はどこかでしたと思います。
ともあれ面と向かっては話せなくてもスマホでなら親などととやりとりができるという例があるというのは 選択肢が増えていいと思います。
しかしこれは記録的な興行収入を出したとか大ヒットした作品のように 「すごく珍しい状況がニュースになる」 ということと同じで常に起こること、起こりやすいことではありません。
あなたも珍しいことは人に話したくなりますよね。
そして話しているうちにそれが当たり前のことだったように感じてしまいます。
「あの作品はあれだけ有名なんだから素晴らしいに違いない、みんな知っている、使っているに違いない」
という意識で生活して実はそれをニュースで聞いていても見ていなかったり、 使っていなかったりする人の方が多いことを忘れてしまいます。
戦場に一人取り残された兵士に通信機だけ届けて
「私たちにできることはこれだけだ」
「わかりました。全力を尽くして帰還します!」
で生還する話は映画です。
ただこれが実話をもとにした映画なのも確かなのです。
私は 今、買ったときはちゃんと箱に入れて机の上に置いていたスマホを床に放り出して充電していて踏んだ瞬間に そんなことを考えました。
国や県が「ひきこもり対策はこれ」と決めたときはともかくその後、 それに慣れていくと怖いことになるのではないかと思ってしまいました。
今まで大切にしていたスマホをたった一年後には踏んでもそんなに気にしなくなってしまうように。
こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)
<プロフィール>
中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。 |