2025/02/14

—ひきこもりサバイバー39 -ひきこもりの人に本当に必要なサポートとは?-

  福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『あなたはひきこもりですか? それともひきこもり脱出者ですか?』というお話。

◆◆◆


「ひきこもっている人がどんな支援を求めているのか知りたい!」

 という声は困惑とともに発せられます。

 それはそれを発する人がきちんと人はそれぞれ違うことを理解しているからでしょう。

 だから迷い悩み頭を抱えるわけです。

 私としてもこんな場合はこうした方がいいのでは? というレベルでしか話はできません。 

 その根っこにあるのは何かと考えているとふと思考にひっかかったことがありました。

 それは「ひきこもりの人は真面目だ」ということです。

 私ですら 「いろんなことを真面目に考えすぎず、気楽に。きついときは休むように」と注意されまくるくらいです。

 ひきこもっている人はもっと真面目です。

 簡単に言えば「自分が好きなように遊ぶ」ことに罪悪感を覚えてしまいます。

 「気晴らしにどこかに行こう」 と誘われても心のどこかで 「何もしていない自分が遊ばせてもらうなんていけないことだ」 と思ってしまうわけです。

 つまりびっくりするくらい好き勝手に遊ぶことを許して真面目に ひきこもり続けていることを不真面目に遊ぶことで中和することが 必要なように思えます。

「仕事が片付いたらパーッとお祝いをやろう」 という考え方を 「パーッと遊んでから仕事にとりかかろう」 に変えると 「今働いてないから心配」が「今めちゃくちゃ遊んでるから大丈夫」に 変わるのではないでしょうか? 

 結局は仕事が片付いてパーッとお祝いをやったらそのお祝いのパワーが 次の仕事への活力になります。

 仕事→遊び→仕事→遊び→仕事のサイクルの遊びからスタートするわけです。

 昔も今も 「真面目な人は不真面目に不真面目な人は真面目に生きればちょうどよくなる」と言います。

 その意味では昔はやんちゃしてた人が大人になって真面目に働くようになることも昔から真面目一辺倒の人がひきこもってしまうのも当然なのかもしれません。

 ひきこもりの人へのサポートとはその真面目過ぎる思考と頑なな罪悪感をほぐしていくことにつきるのではないでしょうか?





こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

0 件のコメント:

コメントを投稿