2026/06/12

—ひきこもりサバイバー107 -お礼のメールを-

 福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆


支援していても手ごたえがない。

そんな話を社協の大浦さんとメールのやりとりで話していました。

手ごたえはなくても、母親を訪ねてきたお客さんがいきなり声をかけてきたら、ひきこもっている方は超ビビるので、手ごたえはなくても「効果は抜群だ!」みたいな話です。

私の「ひきこもって話ができないとありがたくてもお礼なんてできませんよ」というメールに「それでも何か反応があったらうれしい」と返信が来ました。

そのおかげで、二度目のひきこもり期間に、筑豊サテライトオフィスに電話して、ジョイフルでアイスとかケーキとかをおごってもらった事を思い出しました。

今考えるとよく自分から、電話したなぁと思いますが、それだけ追いつめられていたってことでしょう。

話だけでもと電話をしたら、家の前まで迎えに来てくれて、ジョイフルスイーツを食べさせてくれて、話も聞いてくれる。

ありがたい、とてもありがたい。

私はスイーツ系に弱いらしく、不安になるとスイーツ目当てで、メールをするようになりました。

一年ちょっと続いたと思います。

苦しい→サテライトにメール→スイーツ→ありがたい→安定みたいな支援を受けました。

これがあったので、生き延びたと思っているので、そのお礼のメールをすることにしました。

いや、めちゃくちゃ感謝していても、改めてお礼をするのは、けっこう恥ずかしいです。

ただせっかく話に出たので、悶えながらメールを送信。

すぐに返信が来ました。

「たびたび支援機関での講演など頑張っているようなので、今年は見守っていました」

それをみて、私は思いました。

ちゃんと調べてくれてありがたいなぁ。

そして

「そういえば去年って、何やったんだっけ?」

もともと人の顔とか名前を覚えるのは苦手ですし、記憶力はよろしくないので、ちょっと考えました。

ホントに何やってたっけ?

いや、そもそも今年って令和何年?

二三日後、

山田饅頭に、カカオ研究所、と思い出していくと、セブンイレブンのバレンタインフェアでちょっとお高いチョコレートを買ってもらって、ブラックコーヒー飲めないといって、イートインコーナーで書類の不備を訂正した記憶がよみがえってきました。

ふつうに社会人をやっているとわからないんですが、毎日、同じ部屋で、同じような行動をだけやっていると時間の経過とか記憶があいまいになってきます。

一年前も、十年前も、昨日も、ほぼ変わらないので、脳が記憶の更新をカットするのかもしれません。


同じ柄のシャツを何十枚も並べていれば、朝、なにを着るか悩む時間を節約できる。

そんな感じです。


こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/06/05

—ひきこもりサバイバー106 -胃が痛くなりました-

     福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

原稿内容をメールでやりとりするとき、胃が痛くなります。



緊張というのもあるのですが、単純にビジネスメールに慣れていないんです。

どのレベルでなれていないかと言うと、「メールを受け取ったら必ず返信する」がわからないレベルでできません。

なので、山下さんからメールが来るたびに、「こういう場合はどう返すんだっけ?」と調べます。

そして、メールを書いて、メールの自動修正機能に、「ご」が抜けているとか「は」が足りないとか赤線を付けられて、訂正します。

なんでこんなにできないのかと頭を抱えてしまいます。

しかし、よく考えたら、ビジネスメールって、私が就職した30年前くらいには失礼だとか言われていたんです。

私がひきこもって出てきたときも、まだスマホは誕生していませんでした。

ネット回線も、「ネットゲームをしたら破産する」レベルの高額商品だったはずです。

その後、私はビジネスメールが必要にならない裏道(?)を歩いてきました。

出来ないのは当たり前なんですね。

そんなことを考えていると、ひきこもり支援者の支援の手ごたえとひきこもっている私たちの支援への感想がズレるのも当たり前だなぁと思いました。

支援者はビジネスメール熟練者で、「すぐに返信、明確回答」が当たり前で、ひきこもりの私たちは「顔を合わさない、話しかけない」が当たり前のビジネスメール失礼派です。

どっちもが「当たり前」をやると、どっちも「違うんだよなぁ」となるのは「当たり前」です。

どっちが寄り添うにしても、大変です。



















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/05/29

—ひきこもりサバイバー105 -写真という難敵-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆



第一回目の始まりに伴って、「写真」が必要になりました。

ちゃんとした写真というのは私にとって恐怖の対象です。なぜかというと「ちゃんとした格好をしなければ恥ずかしい」と思うからです。

簡単に言うと「ひきこもりがスーツなんか持ってるわけがない!!」ってことです。

ひきこもりな私は、「ふつう」との価値観のズレがすごくて「ふつう」にはついて行けないなと思うことが多かったりします。

「無料就職訓練講座——スーツでお越しください」みたいなやつをみると「無料就職訓練講座——スーツ持っていない人はお断り」に見えてしまいます。

無料サポート講座でも「講座中はワイシャツでいいですよ(にっこり)」と言われると「うわぁ、ワイシャツ買うお金ないわー」とドン引きしてしまいます。

ふつうに「いやお金ないんです。スーツ代がでないんです」がめちゃくちゃ恥ずかしいんですよね。

だから、すごくそういう場に抵抗感を出してしまいます。

ともあれ――

そんなこんなで私は「どうしよう」と頭を抱えました。

かなり悩んだのですが、山下さんなので、頼っていいかなぁと思いました。

私は「たぶんスーツを持っていない方が不思議と思われるんだろうなぁ」とか思いつつも「写真の費用とか教えてください」とメールしました。

やっぱり、「スーツ持ってないんです」とストレートには言えませんでした。

「ふつう」の人からしたら常識外れもいいところなので、カジュアルファッションと言われたら「スーツでいいか」とか思うのがふつうだと私は思ってしまっています。

メールしたら、「部屋でスマホで自撮りでもいいですよ」との答えが、助かる!!

そんなこんなで完成したのが、第一回目に掲載されたスマホでの自撮り写真だったりします。

ほんとうは「ほほえんでいるバージョン」も撮ったのですが、どうしても笑えないんですよね。
何回撮っても、ビビッて口がひきつっている写真しかとれませんでした。ボツです。(一応送った)














こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/05/22

—ひきこもりサバイバー104 -連載への不安と期待-

  福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

連載掲載日が近づくと不安と期待が高まります。

簡単に言うと「ひきこもりを売りにして、情けない」的なことでめちゃくちゃ怒られるんじゃないかと不安になり、同時に「もしかしたらすぐに働いている50代みたいな顔をして生きられるようになるかも?」という期待があります。

まるで、ひきこもり相談に行ったら「また家の中がひどい状態になるんじゃないか?」と不安になり、同時に「一発でひきこもりを脱出させられるかも?」と期待しているお母さんたちのようです。

私は相談を受けても話を聞いて、「ひどい状態にはならないけれど、一発脱出は無理ですよ」と納得してもらうくらいしかできないので、苦しさはわかりつつも、過度な期待は煽らないというスタンスです。

しかし、こうしてお母さんたちと同じ状態になると本当に「納得」してもらえてたのかな?と不安になります。

なんでこんなことを書いているかと言うと、前にこのブログに書いていた「苦しい夢」をまた見たんです。

場所がコンビニになっていましたが、問題が解けず(サインコサインタンジェントがあったので数学?)に、苦しむのは同じ。最後にレジがうてずに首になるというアレンジが入った夢でした。

めちゃくちゃ不安になりました。

夢からは逃げられない・・・


私は「倒れるまでやめることができない」タイプなので、いつもこんな感じです。

三回目の今回こそは、倒れないように気を付けたいと思っているのですが、これは私の性格なのでしょう。気を付けようと思っても、何に気を付けたらいいかはまったくわかりません。すぐに思いつくのは、スイーツとか、回らない寿司とか、いやこれはご褒美か…。

やらないとダメな感じを感じることが多いので、私はダメになりそうになると休むより「ご褒美」で頑張ろうとしがちです。

ムリをしたらダメなのに・・・



こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/05/15

—ひきこもりサバイバー103 -あいさつという強敵-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

連載がはじまる前に、「あいさつ」というか顔合わせがあるのは、常識です。

そして、社会の常識ができないのが「ひきこもり」です。

そんなわけで、無理を言って「電話でのあいさつ」にしてもらいました。
私がひきこもりなことはわかってもらっていたので、メールでやりとりをする間に「すいません。外に出るとか無理なんで電話でお願いします。できれば時間を決めて、そうでないと電話に出られないので」とわがままを書きました。

山下さんは快くOKを出してくれました。

そして、決められた13:00の前日から「そわそわ」がはじまります。

当たり前のことなんですが、ひきこもりの私は一年に二三回くらいしか電話に出ません。
電話があれば出るのですが、ひきこもりの私に電話がかかってくることはほぼないので仕方ありません。

前日の夜にスマホのマナーモードを解除して、ごろごろしながら「明日何を話そう」と眠れませんでした。

約束の日、朝早く布団から出て、母に作ってもらった朝食を食べて、「あと六時間かぁ」とか思います。
スマホを遠くにおいて気を散らそうとして、やっぱり遠くに置いていたら出るのが遅れるかも…とか思って元に戻します。
そして、12:00ごろには頭が痛くなって、布団に突っ伏していました。
スマホは耳元へ。
そのまま、寝落ちしてしまいそうなきつさ(寝不足)だったので、急いで顔を洗いに行きました。
約束の時間になって電話がかかってくると

全然大丈夫、いつも電話くらいしてますけど、という感じで話そうとしてしまいます。

自分が何を話したかはあまり覚えていません。

ただ山下さんが、「ブログにある記事から構成するから、安心して大丈夫ですよ」と言ってくれたことは覚えています。(全部プリントアウトして確認してくれたらしいです)

当たり前のことが、ひきこもり生活では当たり前じゃ無かったりします。


















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/05/08

—ひきこもりサバイバー102 -なんで新聞連載を受けたのか?-

福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

「新聞連載しませんか?」というメールを受け取ったとき、すぐに「助かった」と思いました。

そのころ私は何もしていませんでした。

仕事ができなくなって、しかし再就職のめども立たず、がんばって、ひきこもりサポートセンター(就労支援)に行ったりするものの、センターからの電話を受け取るのが怖くて逆にダメージを受けるような状態でした。

鬱になって退職してムリしないように生活しようと決意したにもかかわらず、やっぱりムリをして回復できませんでした。

そして、ムリな頑張りのせいで4年間が経っていました。

なので、喉から手が出るくらい「社会とのつながり」が欲しかった。

社会に「頑張っているね。それならオッケーだ」と言ってほしかった。

そんな感じで連載を受けました。

けっこう、ムリめの頑張りかもしれません。

働いていると「苦しいから休もう」と思い、休んでいると「苦しいから働こう」と思ってしまうのは、無理をしてひきこもりをねじ伏せたからでしょうか?

ひきこもっていると、「外に出ないといけない」と思い、支援施設に行き、支援施設に行っていると「このままじゃダメだ」と何とか働こうとして、ちょっと働くと「定職につかないとダメ」とがんばるみたいな感じです。

私は歯を食いしばってこれをやってぶっ倒れたので、歯を食いしばって頑張っている人をみると「大丈夫かなぁ」と思ってしまいます。

そして、エネルギーが切れる前に「仕事以上の楽しみを見つけてくれたらうれしいなぁ」と思います。

許してもらうために仕事をするのではなく、自分が楽しみために仕事をする領域にいたるのは、簡単なようで難しいです。

仕事をしているから安心できるは――「仕事=自分の価値」で苦しいです。

仕事がなくなると自分の価値もゼロになるのは、けっこう危ない感じがします。

















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/05/01

—ひきこもりサバイバー101 -ここは避難場所-

  福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

100回目を書き終えて、「これからどうしようかな」と天井を見上げました。

もともとここは四戸先生が「なんかあったときは自由に書いていいよ」とくれた苦しいときや辛いときに一息つきに来る場所、愚痴を言ってもいい場所です。

悩んでいるとき、困ったとき、不安なとき、憤ったときじゃないと更新しなくていい場所なので、続いているのだと思います。

毎週更新だ、と思った瞬間に「いつでもきていい自由な場所」は「やらなくてはいけない不自由な場所」に変化してしまうような気がしています。

毎日働いている社会人にっとてみれば、休みは「自由」な日です。

でも、毎日休みなひきこもりの私にとっては休みは「不自由」な日です。

それと似ている気がします。




















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/04/24

—ひきこもりサバイバー100 -昔の自分は頑張ってくれている-

      福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『昔の自分はすごいがんばってたなぁ』というお話。

◆◆◆

実はここ、二年半ぐらいはブログを更新していませんでした。

これまでは、コロナでの自粛が行われていたころに、100回書いてみようと1年ぐらいかけて書きためたものを毎週金曜日公開予約していました。

99回まで書いた後は、「100回目書いて終わらせたい」という思いと
「これが終わったらもうやることがない」という思いがせめぎ合って、動けませんでした。

そして、「99回が公開されそうになったら考えよう」と結論を先延ばしにしました。

「公開されてから」ではなく、「公開されそうになったら」というところが私らしいです。

99回目が近づいてきたので戻ってきたのですが、公開ブログを読んで、

「これは知らない顔をして続けられないぞ」

と思いました。

昔の私が、めちゃくちゃ頑張っていたからです。

二年半前の私は今の私より、ずっと頑張ってブログを続け、ずっと多く悩んで、ずっと真剣に何か答えはないか、何とか自分を許してあげられないかともがいていました。

正直、今の私はそこまで悩めそうにありません・・・

ありがたいことに、西日本新聞で連載を書かせてもらうことになりました。

以前取材をしてくれた山下さんが、ブログの記事を見て声をかけてくれました。

四戸先生も「ぜひやってみたら」と言ってくれたので、やる気になりました。

めちゃくちゃもがいていた二年前の私からの贈り物です。











こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/04/17

—ひきこもりサバイバー99 -気楽になるとは外に吐き出すこと-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

「あと二回で100回行っちゃうなぁ」

そう思うと家ですることがないのに更新するのがおっくうになります。

やると決めて、やらなくてもいいと励まして、それでも進まない。

そんなときは四戸先生に「迷惑かもしれないけど頼るところもないし」と思い、100回で仕事探そうと思っていたけれどそうなると不安になるとメールを送ります。

人に自分の気持ちを送るということは大きな意味があります。

荷物を共有する意識が生まれるのですることができないかもしれないという不安が半分になった気分になります。

両手に荷物を持っていておろおろしているところで「片手の荷物を持ちましょうか」とイケメンが声をかけてくれて片手が開くような気持ちです。

片手が開くとできることが飛躍的に増えます。

人と話をすると楽になるのも後悔するのも「片手が開いたからこそ」です。

もしそれをしなかったら「楽になる」ことも「後悔する」余裕も生まれません。

そんなわけで100回を終わらせてからどうなるか考えようと思い始めました。

なんとかなるなる。












こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/04/10

—ひきこもりサバイバー98 -仕事をしていないことに慣れることはできるのか?-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

腰が悪くなって家で安静にしているために

「このブログが100回を達成したら仕事を探そう」

つまりは

「このブログが100回を達成するまではちゃんと休もう」

という自分との約束が終わろうとしています。

こうなってくると体を休めて力が戻っても、まだ過信しているかもしれないからブログ100回達成を足かせとしておこうという考えが正しかったのかと迷ってしまいます。

「決めていたことだからとやるべきだ!」

「腰を痛めて安静にしている時期だからもう少し待ってもいいだろ!」

「いや何かスキル身に着けないとまた体を酷使して倒れるぞ、もう50近いんだから!」

などといろんな主張が出てきます。

もしかするとそうやって議論ばかりして時間を稼ぐのが作戦目的なのかもしれません。

それならそれに乗ってみてもいいのかもしれません。

不安でいる今を、迷える今を少し面白がりましょう。私。

と自分を励ましてみましょう。

私が何もしなくても世界は動いていきます。

自力本願も他力の中にいてこそ生まれる力なのですからたまにはいいでしょう。












こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/04/03

—ひきこもりサバイバー97 -ひきこもりが見る夢とは?-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

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腰の痛みがなくなってきました。

よいことです。

この二か月で身についたのは早寝早起き。

悪夢への耐性です。

そういえば最初にひきこもっていたとき

「暗く息苦しい教室で授業を受けさせられている」夢をよく見ていました。

よっぽど嫌だったのか障碍者雇用で働き始めてからも疲れてくると同じ夢を繰り返し見ていた気がします。

果たして「学校がいやだったのか」、「勉強が嫌いだったのか」、「それとも頭が悪くて努力も苦手なので勉強ができないことが耐えられなかったのか」、「目的もなく親のどこでもいいから大学には行っておきなさいが嫌だったのか」、「体が弱いので課外授業とか負担が大きくてつらかったのか」、「夢と希望にあふれた学友たちの姿についていけなかったのか」、「ただのコミュ力不足だったのか」はわかりませんがよく同じ夢を見ました。

夢が「ちゃんと考えて答えを見つけてよ」と主張していたのかもしれませんがこうやって腰が痛くなって考える時間ができるまで私には夢と向き合う力がありませんでした。

ちゃんと向き合ってみると何だかんだ言って「学生時代」というのは青春だったのだろうと思えます。

若いので感性が鋭く、主観的なパワーが強いので「強制」させらているとその感覚が強烈に残ります。

おそらく脳が体がピンチのときに警告として生涯で一番強烈なイメージがある「暗く息苦しい部屋で授業を受ける」姿と体験を選択して夢という形で使ってくるのでしょう。

そうなると私の脳は現在、「無職」であるということに強烈なメッセージを送っていると判断していいでしょう。

そう考えると「夢で見たからイライラする、不安になる」ということは健康のために、必要なことなのかもしれません。

それに気づけるように私の脳は頑張ってくれて休みを取れた私は気づけた。

すばらしいことだと思えます。












こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。