2026/09/04

—ひきこもりサバイバー118 -令和八年の熊本地震-

   福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆



10年ほど前に熊本地震があったときは、ニュースにかぶりつきだったのでした。

しかし、仕事が出来なくなって、ひきこもり生活に戻って何年もたった今回の令和8年の熊本地震は違いました。

夕方に地震が起こったとき、私は「けっこう長く揺れてるな」、「これは家の中にいたら危ないんじゃないか?」なんてことを思いつつも、ニュースを見ようとはしませんでした。

すぐに防災課の地震放送があったので、わかった気になったというか、

「いつもやっている放送があったから大丈夫っぽい」

と思ってしまいました。

地震放送、台風放送は常に聞いているレベルなので、そうなりました。

そして、被害の大きさについては次の日になるまで全く知りませんでした。

新聞に「イオンモール爆発!」という文字がでかでかと書かれているのを見て、初めて「これどうなってるの?」とびっくりしました。

ふつうに生活していて、社会とかかわりがあると

「明日、学校とか会社で話すかもしれないからニュースをチェックしよう」

となるのですが、それがないと「別にいいや」と思ってしまいます。

「それより、本棚から落ちてきた本を片付けないと寝るスペースがない」

そんなことが優先されます。

熊本にいたら、命が危なかったです(笑)


















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/08/28

—ひきこもりサバイバー119 -ビジネスメール-

    福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/08/21

—ひきこもりサバイバー117 -200点の物が来るとビビる-

    福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆
編集上手すぎ問題が発生中です。

「何かあれば・・・」と言われると「問題があったのかと思ってしまう」のは、実は山下さんの編集が上手すぎるからだったようです。

私はコラム案をざっくりと出して、修正して、さらに修正して、

「最新版には【最新版】みたいなものを付けてくれると助かります」

と言われるぐらい修正しています。

言いたいことがたくさんあるというか、書くことが定まっていないというか、

「けっこう変な主張かもしれないけど、山下さんなら大丈夫か」

みたいな感じで、ぎりぎりを攻めていく感じです。

しかし、それをやっていると主線がぼやけてしまいます。

そこを山下さんは「このコラム案では、こうで、こっちではこうなっていて、恐らくこういうことを言いたいのだろうから」ときれいに整えてくれます。

私の言葉で書かれているのに私以上に私の言いたいことがまとまった200点のコラムをみると、つい、「ここまで言って大丈夫か?」なんてことを思うわけです。

私が「これは言い過ぎかも~」と思っていることも、取り入れてくれている上に、それがインパクトがある場所にあるので、ビビってしまうわけです。

自分の考えとか言葉を自分以上にわかって、しかも上手く使えている山下さんに対して、ちょっと嫉妬みたいなものがあるのかもしれません。

楽でいいなぁと思う反面、そんなところも気になってしまいます。

















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/08/14

—ひきこもりサバイバー116 -何かやらないと-

      福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

「何かあれば」

「いや、大丈夫です」

というのは日々の生活では反射的に言っている言葉です。


しかし、コラムメールで「何かあれば・・・」と言われると

つい「何か間違っているところあったっけ?」と探してしまいます。

結果として、細かいことを配慮しようとして、コラムを薄味にしてしまいがちです。

これはコラムだけではなく、講演とか動画とかブログを書く時にもよく起こります。

なんでだろう?

と考えてみると、日常のものは他人が作ってくれているのでふつうにありがたいと思っているので、

「そのままでいいよ」

ができていて、

コラムとか講演とか動画とかブログの場合は自分が根っこを作っているので、「どう?」と言われると、なんかまずかったのかなぁと思い、

「もうちょっと何とかしないとダメなんじゃないか」

と修正してしまうようです。

そして、修正後にはいつも

「いや、なおそうとしたところはわかるんだけど、前のやつの方がよかった」

みたいなことを言われています。

「ごめん、俺が全面的に悪かったわ。元のやつに戻して」

なんてことを言われたことも・・・

私はどうも反射的に「訂正しないといけない」と思うようです。

そして、とにかく目に付くところを削ってしまいます。

簡単に言うとせっかくのとがった部分、心に刺さる部分の切っ先を丸めてしまうわけです。

何度もコラムメールのやり取りをすることで、改めてそんなことに気付きました。

こういう気づきはありがたいです。

いまさらという気もしますが、自分の基準をもう少しだけ信頼できるようになった方がいいのかもしれません。


何もやってないんで何かやりたいだけかもしれませんが・・・


















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/08/07

—ひきこもりサバイバー115 -先輩と後輩の話-

 福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

冊子は、ほぼお母さん向けです。

しかし、こっそり、ひきこもり相談窓口に連れてこられたお父さんの悲哀なんかも入っています(笑)

退職したお父さんは、お母さんが二十年前に克服したことに、びっくりして深刻な顔をして悩み込むのは当たり前。

だって二十年前はお母さんもそうだったでしょ?

今のお母さんが細かく説明できることでも、二十年前は説明できなかったでしょ?

経験値が違うんだもの。

初めての相談窓口で説明できずにまごまごしているお父さんを責めないで、暖かく見守ってあげてくださいね。

きっと「ダダのサボりだろ」と言われてイラっとしたお母さん以上に不安でおろおろしてますよ。

そういう気づきも入っています。

相談窓口で必要以上に、突っかかってくるお父さんは頑張らないと、あとでお母さんに怒られるのです!!

なので、お母さんはお父さんを怒るときには、後輩を指導するときのような丁寧なやりかたでよろしくお願いします(笑)

そしてお父さんには、二十年選手のお母さんが子供とちゃんと話せるまでにした苦労をしていないんだから「何で、私とは話してくれないんだ」とかいうのは二十年早い!!

定年後は、仕事がなくなって、いろいろと不安になるだろうけれど、ちゃんと先輩のお母さんの指示を仰ぐように・・・

つらいときは「あのときはサボりとか言ってごめん。いいやり方があったら教えてくれ先輩」と素直に・・・

個人的な体験からの見解ですが、定年後の数年というのはとても不安になります。

次の仕事がない状態ではどんな無茶でもやるべきだと思いがちです。

しかし、そういう状態の無茶は本当に無茶苦茶な場合があるので気をつけた方がいいのではないかと考えています。

仕事をしている間は苦しくても(お母さん任せで良かったという部分はあるにしても)、耐えられたのですから、きちんとやることを見つけられれば、きっとその不安な心も安定します。

子供の心配でいっぱいになったら、自分を癒しましょう。

お母さんもそうだけど、後輩のお父さんもかなり大変なんです。



こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/07/31

—ひきこもりサバイバー114 -社協メール-

       福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

ひきこもりの子供に包丁を持って襲い掛かった父親が返り討ちにされたニュースを見てから、ひきこもりについて気づいたことを社協にメールするようになりました。

覚悟を決めて襲い掛かってきた親を返り討ちにして、両方が生き残ったという現実は衝撃的でした。

それまでは親が覚悟を決めたら大人しく殺されてあげるのが子供の務めみたいなイメージだったので、救われました。

殺された親は可哀そうで、殺した親も可哀そう。

殺された子供は可哀そうで、殺した子供も可哀そう。

ゼロサムゲーム。

そんな中、ひきこもりの子供が反撃しての痛み分け。

どっちも生き残るという選択。


親も子も両方生き伸びてオッケーだよ!!

ありがたいです。全国のひきこもりの人に知ってほしい知恵です。

このニュースに衝撃を受け、大浦さんにメールしました。

そして、けっこういいと褒めてもらい冊子にまでしてもらったので、調子に乗って今もこういうこまごまとした気づきを送り続けています。

なんとすでに五冊目に入っています。

コツコツ毎日やるのは苦手ですが、気が向いたときにコツコツはできる。

これこそが、ひきこもり気質もしれません。 
























こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/07/24

—ひきこもりサバイバー113 -パフェを食べに-

    福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

コラム、コラムと不安になっています。

せっかくの機会なので今年1年はこっちに専念してもいいかなぁ(←もう50歳)

とか思っているわけですが、そう思うと

「これ書いた方が、伝えた方がいいんじゃないか?」

ということがたくさん出てきます。

しかし、「新聞では書けない系の話だなぁ」なんてこともちらほら。

今まで、面談で記録が残らないからって常識外の説明しまくってたんだなぁとしみじみ。

まあ、原稿を投げたら、その辺りはきっちりと山下さんが整えてくれるので今はほぼ何も考えずに済んでいるんですが・・・

そろそろ気をつけた方がいいかもしれません。

そんなことを考えるのに疲れたので、コラムの原稿料でちょっとお高いパフェを食べに行きました。

季節限定のフルーツパフェです。

平日昼間にパフェだけ食べに行くのはどうかと思いましたが、今年1年はサービス期間だと思って、自分へのご褒美です。←こればっかり言っている(笑)


ただ振り返ってみると、これはあんまりうまい方法ではないように思います。

どこかで書いたかもですが、ひきこもりの人はというか、私は倒れるときは「○○できたらご褒美」の人参方式、「○○まで頑張る」のゴールテープ設定型でやっています。


仕事に就くために毎日、作業所に通うことをやる。きつくても頑張って通う。ふらふらするけど行かないのはダメ。仕事についたら休もう。

――みたいな感じです。


ご褒美じゃなくて、休み方を学ばないとと思っているのですが、なかなかうまくいきません。























こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/07/17

—ひきこもりサバイバー112 -コラムで難しいこと-

    福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

新聞コラムというのは思っていた以上に大変です。


再ひきこもりになってから、いや四戸先生とひきこもり相談会やってた頃から、あんまり自分語りのための自分語りはやっていないので、体験を語るのは難しいです。

昔はたまに保健所とか、楠の会とかでやったこともありましたが、やっぱり「ひきこもりとはこんな感じなんで、ここは誤解しないでほしい!」みたいな話をしてしまっていました。

来ているのは支援者と親御さんなのですが、どうしてもその背後に家で「マジできついよー」といっている当事者の姿がだぶって見えてしまいます。

ここで誤解を解いておくとみんな助かるのではないかと思って自分の体験よりお役立ち情報を話してしまいます。

体験は情報のつまみたいな感じだったと思います。←あくまで体感です(笑)

――私はこうだったんで、たぶんあなたのところもこれで困ってますよ。だからちょっとだけ助けてあげてください。拒否してもありがとうと思ってますよ。新しいカップ麺はうれしいんです――みたいな感じです。

新聞紙面に「新しいカップ麺と季節限定のフルーツとか時間の経過がわかるものを食べさせてあげると気分も時間間隔も随分違ってくる」とか載せたら関係者は喜びそうですが、一般的には意味がないので、やめておいた方がいいんだろうなぁ。

山下さんに「最初は体験ベースで知ってもらわいと届きませんよ」と指摘してもらい、「ふあっ、それはそうだ!」と思ったので、体験ベース体験ベースと唱えているのですが、気づくと「これはこういう思考と習慣から出ていて・・・」なんてところへ行こうとしてしまいます。

これは癖なので、しっかり矯正しつつ共生もしていこうと思います。

ふつうってなんだっけ?は私の基本的な疑問なので、なかなか難しいかもしれませんが。。。

ただコラムを書くようになってから「無理ゲー」とか「めちゃくちゃ」とかを使わなくても、伝えられるものだなぁと感じるようになりました。

フルCGとかVFXじゃなくてもいい映画はできるみたいな感じで、これはこれで面白いのではないかと思っています。

ちょっと社会人してきたのかもしれません(笑)















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/07/10

—ひきこもりサバイバー111 -コラムメール-

  福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

コラム原稿をメールすると山下さんから「これってどういう意味ですか?」という問い合わせのメールが返ってきます。

面談とかでは「こういうことがあったので」と言った後に反応があります。

話を聞いた人から「何言ってるかわかんないんですけど~」みたいな顔をされるわけです。

そこで、こういうことがあって、ああいう気持ちになって、そういう行動をして、

「たとえるなら、歯が痛くても歯医者行きたくないみたいな気持ちで、精神科に行きたくないんですよ」

というような伝え方をします。

山下さんともこんな感じでやりとりをしています。

「まとめるので、文字数とか気にしないで思ったことを書いていいですよ」

このひとことで、私は救われました。

ガーっと書いて、バーッと送ってもちゃんとした記事になって帰ってくる(笑)

ありがたい、とてもありがたい。













こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/07/03

—ひきこもりサバイバー110 -謝礼の思い出-

  福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

ケーキバイキングのことを思い出しているとき、最初に相談会で謝礼をもらえると決まったときのことを思い出しました。

謝礼をもらったときではなく、謝礼をもらえると決まったときなのは、

「予算が下りたんで、謝礼を払えるようになりました!!」

と保健師さんがめちゃくちゃ喜んでくれていたのが印象的だったからです。

そのときの私は「予算を取るの大変さ」なんかはこれっぽっちもわかってなかったので、「長津さんがこんなに喜んでるんだからいいことなんだろうなぁ」みたいな感じで、相談会をやろうと思いました。

いや、それまでも謝礼なしで、ひきこもり家庭の親御さんたちに体験談を話したりしていたので、やることはやってはいたかもしれませんが、それだけならここまで続かなかったでしょう。

それだけ印象深かったというかパワーがあったわけです。

説明は難しいですが、凄かった(笑)


ちなみに私は人の名前と顔が一致しないタイプなので、この印象は完全に雰囲気だったりします。

けっこう「○○ですよ」と言われるまで、いや言われてからもピンと来なくて家に帰って思い出すなんてことが日常です。

長津さんと会ってもたぶんわからない(笑)


















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。

2026/06/26

—ひきこもりサバイバー109 -20年越しのケーキ?-

     福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『ひきこもりの継続を強力にする小さな成功体験』というお話。

◆◆◆

原稿料というものが入ったので、記念にケーキを食べに行きました。

保健所ではじめて、講演料(?)が出たときに

「これでホテルのケーキバイキングに2回は行けますよ」

とにこにこな保健師さんの言葉を実現させようとしたものの、ホテルのでかさにビビッてホテルに入れなかったことへのささやかなリベンジです。

その頃の自分にこのことを教えたら、間違いなく号泣したでしょう。

「50歳になっても、ひきこもりやってんの!!」

いや、すまない、それどころか彼女もいないし、友達の数も一人たりとも増えてないし、車も持ってないし、資格は運転免許証だけ――とかいったら、20年前(もっと昔かも?)の私は絶望するに違いありません。

書いてて自分がかわいそうになってきましたが、ケーキを三つほど並べて、うまうましているときに、何となく20年前の自分ってどんな感じだったかなぁと思ったのもで。。。

振り返ってみると、その頃は親憎しの念で固まっていたように思います。

まあ、10年も経てば、たまに親に感謝するようになるし、

20年も経てば、親が死んだらどうなるんだと不安な夜をすごすことになるのですが、

当時の自分にそういう話をしても、反発されるだけでしょう。

若くて、元気なうちは反骨心というか、客気というのか、自分で頑張ろう精神が強いものです。

仕方がありません。

ただひきこもり生活していると歯をやられがちだから気を付けろとか、年金保険料の免除申請は忘れるなとかは、言ってあげたいと思います。


最初四分の一免除でも頑張って異議を申し立ててね。君の想像とは違って裁判所に行くことはないから・・・、大変だけど君はこれから9年間は、仕事に就けないんだぞ!!

200円のために毎日、ハンガー磨きするんだぞ!!

いやでも免除申請を頑張ってたら、障害年金の申請の方をやる力がなくなって詰んでしまうか・・・

タイムリープものでよくあるのですが、結局、忠告は意味がないというか、それを言ったせいでさらなるバッドエンドを招くフラグのようです。(人造人間倒したと思ったら、その数年後に全王様に宇宙ごと消されるとか・・・)

結局、今が一番いい、のでしょう。

ちゃんと働いている人たちの車を眺めながら、たどりついたごくごく平凡な答えに、生活はふつーじゃないけど、考えることはふつーなんだなぁとしみじみした一人お祝いでした。





















こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。