2010/10/05

あなたはすでに変わろうとしています

(福岡楠の会 ひきこもりの家族会 2010年10月号会報)

福岡県立大学大学院 四戸智昭

○福岡県立大学の家族交流会
 
「あなたはもう変わろうとしてますよ。」と、私は家族交流会の参加者に声をかけることにしている。
家族交流会は、不登校やひきこもりのことで悩んでいる家族が月に一度、毎月第四土曜日の昼下がり(14時から90分間)に、筑豊にある県立大学のキャンパスで語らう会である。
彼らは、この家族交流会で、悩みの種になっている息子や娘との、この一ヶ月間の波乱に満ちた生活のこと、あるいは、子育てのことで感情をぶつけても、なんら反応のない夫の話をゆっくりと、しかし本気で語る。
8人ほどの集まった家族(多くは母であり妻である女性たち)は、吐露したい感情をときに抑えながら、言葉を選びつつ、ときに涙を流しながら、ひきこもってしまった自分の息子や、家族の誰とも会話をしなくなった娘のことを順に語るのだが、この間50分ほどの時間があっという間に過ぎ去ってしまう。
その後、10分ほどの休憩をはさむ。この間も、参加した家族たちは思い思いの近況をお茶を飲みながら語りあう。ときに励まし合ったり、慰め合ったりする彼らの背中を見ていると、この会をコーディネートしている私の方がいつも勇気をいただいている。

○家族への宿題
休憩が終了した後の後半は、毎回、私からの宿題に答えてもらうことにしている。宿題と言っても込み入った作業を必要とするようなものではない。“自分のためだけにお金を使うとしたら何を買うか”“自分のためだけに時間を使うとしたら何がしたいか”といういたって単純な宿題である。
それでも、参加する母たちにとってこの宿題に当初は、誰も簡単に答えることができなかった。
あれは、第一回目の家族交流会だったと思う。ある女性が苦笑いしながら「息子とのことなら何でも、いつまでも話すことができるのですが、自分のためだけにお金や時間を使う話となると、なかなか思いが浮かんできません。」と語ったのを昨日のことのように思い出す。

あれから2年近くが過ぎた今、彼らの多くは自分のためにお金や時間を使う話ができるようになった。もちろん、なかなか実際にお金を使ったり、時間を使ったりと実行に移せないままの人も多い。
それでも中には、実際に自分のためにコンサートに出かけた人もいるし、趣味の料理に没頭して、手作りのお菓子を持参してくれる人もいる。
参加者が思い思いの自分のお金や時間の使い方を話した後、この月に一度の家族交流会は解散となる。

○あなたはすでに変わろうとしています
こういった自助グループ(同じ悩みを抱えた者同士の会)のミーティングは、悩みを抱えている家族の皆さんに大きな勇気と変化へのきっかけを作ってくれる。(自助グループの歴史や効果については、後の機会にお伝えすることにする。)
もちろん、参加者の中にはときにこの自助グループに対して疑問を持たれる方もいる。実際にある参加者で「精神科医や臨床心理士といった専門家でなければ、私の家族の問題は解決できないのに、この会は何の役に立つのですか?」とおっしゃる方もいる。
この質問を発した方は、“誰かが、いつか、私を助けてくれる”と思いこんでいる。つまり、自分から主体的に変わろうとは残念ながら思っていらっしゃらない。愛煙家が禁煙を思い立つときのこと、あるいは美食家がダイエットを思い立つときのことを思い浮かべて欲しい。他人から言われてからはじめた禁煙やダイエットは大抵長続きしない。
一方、この話の冒頭の家族交流会に参加される家族は、何とか現状を変えたいと願いながら、実際にミーティングに、主体的に足を運んでいる。この主体性が何より自分を変化させ、当事者の家族を変化させる。

だから私はいつも呪文のように、会の終わりに参加家族に話しかける「あなたはもう昨日のあなたではありませんよ。あなたは、もう変わろうとしていますよ。」と。
さて、このエッセイの読者も“何とか現状を変えたい!”と願って、この楠の会に繋がった方であると想像する。この会に繋がろうと思ったその瞬間から、あなたはすでに変わろうとしていたのだ。ただ、状況は急激には変化しない。じっくりとゆっくりと、あなたが主体的に変わりたいと願うたびにゆっくりと変わっていく。
楠の会がそのためのミーティングの場になるよう願ってやまないし、私も微力ながらそのお手伝いをしたいと願っている。
次回の楠の会には、勇気を出してあなたから会に足を運んでみませんか。