2015/03/05

西日本新聞「不登校・ひきこもり考」連載エッセイ5


”感情を共有する一歩”
四戸 智昭

家族百景Ⅱ「不登校・ひきこもり考―親子の視点から」
西日本新聞朝刊 2013年9月10日 掲載


 「不登校のことで悩んでいるのは、私だけじゃないことが分かりました」。母親は、目に涙を浮かべながらも笑顔でそう語った。不登校の子どもを抱える親たちが毎月集まり、自由に語り合う家族会。会に初めて参加したお母さんが、最後にぽつりと語った。

 家族会では、8人ほどの参加者たちが、順に家族に起こった出来事を話す。
 
 ある母親は、娘の不登校がなかなか回復しないことの悲しさを涙混じりで話す。ある父親は、息子が自室にこもってテレビゲームばかりしているので、息子を叱責したという。
 
 不登校が回復し始めた、という話もあった。小学5年の娘を持つ母親は、毎日ではないが週に3日、学校に通えるようになった喜びを語る。

 初参加の母親は、人前で話すことが苦手だという。参加者たちの話にじっと耳を傾けていただけだ。

 この会は、不登校の子を抱えた親たちが「言いっ放し、聞きっぱなし」を原則に進行する。だから、参加者同士で説教し合うことはしない。なぜなら、多くの参加者たちは、この会とつながる前に、家族や親戚に不登校の子の子育てのことで、責め続けられてきたからだ。

 どんな親も、自分の子を不登校にしたいと思って子育てはしていない。しかし、「あなたの子育てが悪い」と、身内に非難されてしまえば、問題を抱えた親たちはますます縮こまり、孤立してしまう。

 だから、この会は親が抱えている問題を気兼ねなく何でも話してもらえる場にするために、「他者に説教をしない」というルールが設定してある。

 初参加の母親は「自分だけじゃない」と心から思えた瞬間に少し強くなっていた。これはこの母親の大きな変化だ。何より、自分の力でこの家族会を探しだし、勇気を出して参加した事は回復への大きな一歩につながる。

 私は、初めて家族会に参加した親たちに、必ず手を握りしめながらこう伝える。「この会に出合えてよかったですね。あなたはもうすでに問題の6割を解決したのですよ。これからも継続して家族会に参加してください」

 感情の共有、共感があって初めて、人の心の換気扇は回り始め、視界は開けてゆく。

2015/03/01

子どもに話しかけるということ

2015年3月号エッセイ
福岡県立大学 四戸智昭

○嫌がらせ弁当
    最近、巷では「嫌がらせ弁当」という言葉がネットやマスコミを賑わせている。八丈島に住むあるシングルマザーが、高校生になって反抗期を迎えた娘に3年間続けてキャラクター弁当を持たせ続けた。
  弁当には「全てが思い通りになると思うな」「無駄なことでも一生懸命やれ」といったようなメッセージが表現されていたのだという。
 この弁当は、持たされる娘にとっては、食べるときに周囲の友人を始終気にしなければならない。故に、娘にとっての嫌がらせ弁当と呼ばれる。

 この母がこのような弁当を作り始めたきっかけは、娘が母を無視してカチンときたからだという。一生懸命に娘のために食事を作っても、母の「ご飯おいしかった?」という問いかけに娘は無反応。あるいは、たまの休日に娘を誘ってショッピングに出かけようとしても、娘はスマートフォンばかり相手にして、母の誘いを無視する。そうして、怒りを覚えた母は「嫌がらせ弁当」を作るようになった。
 多くの親は、子どものこのような反応が続けば、悲しみに似た怒りを感じないようにするために、「子どもは思春期」と自分を納得させて、子どもに話しかけることを止めてしまうことだろう。
 
 しかし、この女性は違った。弁当という手段を通して、娘に怨念にも似たメッセージを送り続けた。娘もそんな弁当なら“持っていかない”という手段もあったかもしれないが、母に対して無反応のまま3年間学校に持参したのだという。




○全ての行為がコミュニケーション
 親たちの多くが、子どもとのコミュニケーションに悩むことがある。特定の年齢に達した子どもたちが、親を無視することで、コミュニケーションの断絶を愁(うれ)う親は多い。子どもが親を無視すればするほど、“本当なら、もっと子どもと話がしたい”“子どもの笑顔が見たい”というのは親心というものだろう。そうして、多くの親たちが「子どもとのコミュニケーションがない」と嘆く。
 
 しかし、このように、子どもが親を無視するような状況は、本当に“コミュニケーションがない”という状況と言えるだろうか。ここに、多くの親たちが陥る思考の罠があるように思う。つまり、多くの人たちがコミュニケーションを言葉による意思疎通だけだと思いがちだ。
 
 言葉のコミュニケーションというのは、家族のコミュニケーションのごくごく一部に過ぎない。“親が作った夕食を食べない”“親を無視する”という行為も子どもにとっては、親に対する立派なコミュニケーション手段なのだ。



○形を変えたコミュニケーション
 
時として、子どもは“親を無視する”という行為を通じて、何かを伝えようとしている。そう考えると、ひとつ屋根の下で暮らす子どもの行為は全て、何かのメッセージと考えることができるだろう。
 しかし、多くの親は子どもから気持ちのよい反応が得られないと、最初は怒りこそ感じるが、時間がたつと自分がさらに傷つくのを恐れて、徐々に自分の心を守るためのコミュニケーションに移行していく。つまり、“子どもにあまり話しかけない”というコミュニケーション手段をとることになる。
 
 家族のコミュニケーションというのは、習慣化された日常の行為だ。“子どもにあまり話しかけない”という行為が徐々に増えていけば、それが当たり前の生活になってしまう。そうして3年もたてば、いつの間にか「子どもとは、ほとんど話をしません。」というのが当たり前になってしまっている自分がいることに気がつくだろう。

 冒頭に紹介したシングルマザーは、子どもとのコミュニケーションの方法を変えたと考える事ができる。つまり、娘が中学生になるまで続いた母と子の習慣化されたコミュニケーションパターンを、娘が高校生になり反抗期を迎えたことで、両者がこのパターンを変えたと捉える事ができる。
 
 何も、皆さんもこの女性を真似して弁当を作りましょうという気は毛頭ない。ただ、親と子どもとの間の中で繰り広げられるコミュニケーションは、いつまでも同じパターンでは残念ながら続かないということだ。「話しかけても返事がない」と嘆いて諦めきれないのであれば、こちらからの話しかけのパターンを変えてみるといい。たとえば、我が子が幼かったときの写真を、そっと棚の上に飾るのも私から子どもへの大切なコミュニケーション手段(話しかけるという行為)なのだ。



●福岡県立大学 四戸智昭嗜癖行動学研究室@21世紀家族研究所WEBサイト
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