2012/01/30

窃盗・横領事件の陰にギャンブル依存症あり


2011年末に、読売新聞記者の取材を受けた。わたしが執筆した「生活保護受給世帯における依存症問題」(日本嗜癖行動学会誌『アディクションと家族』26巻3号)に掲載された論文について詳しく知りたいのだという。

 記者によると、熊本でギャンブル依存症に陥った当事者が強盗殺人事件を起こしたという。裁判の経過の中では、ギャンブル依存症(病的賭博)に被告人がなっていたという話題すら登場しなかったという。病的賭博の認知度があまりに低いので、新聞記者として何かをしたいという記者魂が、この記者を私の研究室に導いたようであった。
 私も、以前から、窃盗事件や強盗事件の影にギャンブル依存症という病気があることをとても気にしていた。以下の原稿は、2009年11月に書いたものだが、残念ながら、どのメディアにも登場することがない文章になってしまっていたので、この文書を記者に託した。


 景気が悪くなってくると、窃盗事件やコンビニ強盗などのニュースをよく耳にする。そういった窃盗、あるいは横領といった事件の犯人の動機に、競馬や競艇、パチンコといったギャンブルの金が欲しかったというものが比較的多い。

 実際、本年九月に福岡では、現金輸送車の運転手が、現金七二〇〇万円が乗った輸送車を乗り逃げするという事件が発生している。既に逮捕起訴されている被告は、競艇にのめり込み一八〇万円の借金があったと供述している。
 また一一月には、同じく福岡県内の町役場の元職員が公金一億円を横領した疑いで逮捕されている。取り調べに対して容疑者は、横領した金をオートレースに使ったと供述しているという。

 評論家たちの中には、強盗事件や横領事件を起こす犯人の動機に、ギャンブルの金欲しさがあったと知ると、テレビで「だらしがない」とか「あきれた」という感想を述べている。しかし、これらの事件の原因にギャンブル依存症という病気があることを忘れてはならない。ギャンブル依存症は、アルコール依存症と同じく、止めたくてもギャンブルが止められない病気である。

 WHOが定めている国際疾病分類の「精神及び行動の障害」(ICD-10)によると、ギャンブル依存症は、正式名称を病的賭博と呼び、これを治療すべき病気と定めている。同じく、精神科医療の領域で広く用いられているアメリカ精神医学会が定めた診断基準「精神疾患の分類と手引」(DSM--TR)においても、ギャンブル依存症を病気と定めている。
 このアメリカ精神医学会が定めた診断基準では、ギャンブル依存症の診断基準に一〇の基準を設け、その内五つ該当するとギャンブル依存症と定義している。その中の基準には、「賭博の資金を得るために、偽造、詐欺、窃盗、横領などの非合法的行為に手を染めたことがある」という基準がある。

 こういった医療診断基準に基づくと、先に紹介した事件の容疑者たちは、ギャンブル依存症に罹っていたと考えることができる。病気だから不起訴あるいは減刑した方がよいというのではない。ただ逮捕、起訴し、数年間刑務所に服役したとしても、ギャンブル依存症という病気が治癒するわけではない。場合によっては服役を終えた後、再びギャンブルにはまってしまう元受刑者も多いのではないかと想像される。大切なのは、服役という更正の機会にギャンブル依存症の治療にも結びつくことである。

 残念ながら、わが国ではギャンブルを理由としたこういった犯罪者の更正に、依存症を専門に治療する専門家が治療にあたるということはほとんどない。また、全国的にみてもギャンブル依存症などを治療する専門機関もあまり多いとは言えない状況にある。特に地方ではこういった治療資源に乏しい実情もある。

 アルコール依存症という病気は、福岡で起きた飲酒運転による幼児三人が死亡するという痛ましい事故をきっかけに、全国的にマスコミ報道などでも報じられることが多くなった。しかし、ギャンブル依存症という病気があることは、まだまだ市民には浸透していないように思う。多くの市民がギャンブル依存症という病気があることを知り、ギャンブルが原因で借金に苦しんでいる人がいれば、一刻も早くしかも手軽に依存症治療の専門機関に繋がることができるようになることを願ってやまない。