2012/10/01

あなたは放浪をしますか、それとも旅を選びますか

 福岡楠の会10月号エッセイ
福岡県立大学大学院 四戸智昭

◯放浪と旅の違い

 映画の宣伝ではないが、6年ぶりに銀幕のスターとして再登場した高倉健主演映画「あなたへ」では、主人公の倉島英二に扮する元刑務官の高倉健が、妻の遺骨を抱えて、妻の故郷を目指し旅にでることから物語が始まる。「妻にとって、自分は何だったのか?」「妻の故郷の海を見てみたい」というのが、彼の目的だった。
 旅の途中、自称国語教員を名乗るビートたけしに、「放浪と旅の違いが何だかわかりますか?」と質問を投げかけられるシーンがある。主人公は、その答えに即答することが出来ずに、この自称国語教員に諭される。「放浪と旅の違いは、帰るところがあるかないかです。」
 人生もよく旅に例えられる。水戸黄門の歌ではないが、人生楽もあれば苦もある。谷があれば、山もある。しかし、目的地さえ自覚していれば、放浪することはない。加えて、人生には、様々な選択肢を選ばねばならない機会に遭遇する。それでも、目的さえ自覚していれば、とんでもない選択肢をチョイスすることはないだろう。
 例えるなら、それはちょうど、東京から福岡の旅に似ている。福岡の方角さえ間違えていなければ、飛行機を利用しようが、新幹線を利用しようが、船を利用しようが、福岡にたどり着く事ができる。目的地(帰るところ)さえ自覚していれば、この映画流に言えばそれは人生の旅ということができるだろう。



◯家族会は放浪しやすい

 話は変わるが、全国、否、全世界には、数多くの自助グループが存在する。同じ悩みや苦しみを抱えた人たちが自分たちの苦しみを共有し、課題を解決しようとするのがこの自助グループである。自助グループの歴史は、A.A.(アルコーリクス・アノニマス:お酒を止めるための自助グループ)に端を発する。20世紀に入って間もない頃、A.A.は米国で設立され、このスタイルは自助グループとして、全世界に野火のように広がった。
 例えば、N.A.(ナルコティクス・アノニマス)は、アルコールではなく、覚せい剤や大麻などの薬物依存に陥った人たちのための自助グループである。また、A.A.にもN.A.にも、依存症の当事者だけでなく、その家族や友人のための会がある。前者は、アラノン(AL-ANON)と呼ばれるし、後者はナラノン(NAR-ANON)と呼ばれる。いずれのグループも、アルコールや薬物依存に陥った当事者をその家族や友人が理解し、支えようとする共同体である。
 ただ、残念なことに、わが国の事情に限って言えば、こういった家族会は、旅ではなく放浪しやすい。つまり、当事者を抱えた家族たちに、目的意識が薄い事が多い。一方、当事者たちの目的はハッキリしている。「飲まないで生きていくために、ミーティングに参加する。」「薬を使わないで生きていくために、ミーティングに参加する。」というのが至上命題であり、彼らの旅の目的である。




◯あなたは放浪をしますか、それとも旅を選びますか

 ひるがえって、ひきこもりの子を抱えた親たちは、放浪をしているのだろうか?それとも旅をしているのだろうか?
あなたがひきこもりの親の会に参加する最大の目標は何だろうか?漫然と会に参加していれば、それは良し悪しは別にして放浪と言うことになるだろう。つまり、行き着く先は何処かわからない。
一方、「ひきこもっている我が子が自立した生活を送ること」「私たち家族が抱えている問題を夫と共有すること」という目的地(帰るところ)を意識して親の会に参加すれば、それは放浪ではなく旅になる。
目標がハッキリしたら、次は現状把握である。客観的に自分と自分の家族の問題を把握する。これは独りでは、まずできない。なぜなら、人は否認したり、合理的(自分の都合の良いように)に現状把握をすることがほとんどだからだ。だから、同じような悩みを持った人たちのミーティングに参加して、客観的に自己の現状把握をする。
現状把握ができたのなら、次は目標達成のための戦略を立てることになる。これは、客観的な現状把握さえできれば、意外と簡単である。
楠の会の家族ミーティングは、そのための会である。ただし、参加したとしてもそれが、放浪なのか旅なのかは、あなた自身にかかっている。



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