2021/11/06

ひきこもりサバイバー32 ―本気で働かないようにすると就労していた不思議―

  福岡県立大学で嗜癖行動学を研究している四戸智昭です。

ひきこもりからのサバイバー(生還者)の声に学ぶことが大切だと思い、元ひきこもりのこだまこうじさんにエッセイを書いてもらいました。随時掲載の予定です。
今回は、『本気で働かないようにしていたら、就労していた不思議』というお話。

◆◆◆

楠の会(ひきこもりの家族会)で話をしたときに、私は 「ひきこもっていたときはまったく働く気はなく、 一生このままひきこもって死ぬ気だったのに逃げ回っていたらいつの間にかフルタイムで働くようになり不思議な感じがします」 と話しました。

 これは本当の話で、もう終了してしまった職親制度(一日、 食堂で働く練習をさせてもらって800円をもらう。当時は 普通のアルバイトの最低時給が640円で、作業所の賃金が 一日200円)をやりましょうと言われた時、面接に行ったときに、

 「朝一時間ぐらいなら大丈夫ですけど、一日は無理です。朝だけとかできませんよね」

 といきなり保健師さんもびっくりな無茶苦茶を言って、その話をなかったことにしてしまおうと行動しています。

 しかし見事なまでの職親制度で、「それなら準備だけ手伝ってもらうということで」と返されました。

まさか職親を受ける方に受け入れ費用が流れていて、同じ金額もらうなら面倒な子を一日相手にするより一時間相手にした方が費用対効果がいいという考え方があるとは思いもしませんでした。

もちろん一時間でも外に出たばかりの私の面倒を見ることは大変なので、これは私の被害妄想でしょう。

ただ、自分で最悪だろうと満を持して提案した無茶を受け入れられると引くに引けなくなりました。

根は真面目なんです。私。

しかし私が働くようになった一番大きな要因は「私が生き延びることを第一に考えていた」からでしょう。

食堂のお姉さん方から「がんばってきれくれるから助かってる」と言われると、お世辞だとか考えずにすごく気分がよくなり、「お菓子あるから休憩してから、帰っていいよ」とお菓子を与えられると「お菓子うまー」とあっさり餌付けされる。

働きたくないので、保健師さんに「何ができるとか全然わからないので仕事を選ぶことすらできません」と無茶苦茶なことを言ったときも、保健師さんは「市外に職業適性検査できる県の施設があるから手配できますよ」と「あれれ?」な反応。

最初いやだと思っていたのに、外でかつ丼おごってもらうと「市外まで来たかいがあった」と大満足。

私が美味しいお菓子とご飯を与えておけば何でも言うことを聞く人間だったことが就労の最大のポイントだったように思えます。

そういえば、ひきこもっているときも「死ぬ前にコーラをがぶ飲みしてみたい」というのが最大の望みでした。

それを考えると、就労プログラムよりはおいしい食べ物で釣るという手法の方がひきこもり脱出には効果的なのかもしれません。

少なくとも私の場合は、食べ物か本さえ与えられれば満足度は高かった気がします。

稼いだお金は服でもCDでもなく、ブックオフのTRPGリプレイとラノベ、そして今は亡き古本屋で5冊100円の古本に消えていました。

 もちろんHな本とか含むです。

 そして、それらを買うという行為をやっていたのはまっとうな社会人ではない自分が図書館から本を借りるわけにはいかないという変な真面目さだったりします。

 プライドなのか劣等感なのか? 

 ともあれ私の場合は「いやだいやだ」と言っていたら「じゃあ、これはやめて、こっちにしましょうね。」といろんなところで柔軟すぎる反応が返ってきて、気づくと就労(障碍者就労ですが)していました。

もちろん「命を削る危険を感じれば直観に従ってそこから逃げ出すこと」が私の第一の行動原理です。

本能の命令コマンドはいつでも「命を大事に」です。






こだまこうじ (元ひきこもり。1976年福岡県飯塚市生まれ、同市在住。)


<プロフィール>
 中学時代いじめ被害、高校で不登校に。その後、最初のひきこもり時代を経験。このとき、「キツイから精神科に連れて行って」と親に泣いて希望するも、完全に無視される。周囲から就労を強要され、専門学校へ入学。その後、就労するも就職先の社員寮で動かなくなっているところを発見され、会社は9か月でクビ。4年間の本格的なひきこもり時代に突入。
 その後、保健所の支援でひきこもりから脱出。2009年、保健師にとってまれにみる成功例として福岡県嘉穂・鞍手保健環境事務所の「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーに就任。自立できるほどの収入はないが、ひきこもり当事者家族の話を聴いて支援をすることになる。
 しかし、2020年に国や県がひきこもり当事者への就労支援を加速させることになり、「ひきこもり家族相談会」のアドバイザーとしてのお役御免となる。
 「死んで地獄に行ったら、鬼に責め苦を喰らい、極楽に行っても悟った超阿弥陀如来に解脱するまで修行させられる」ことを恐れて、今日も何とか生き延びている。