2011/04/11

父の役割とは何か

(福岡楠の会 ひきこもりの家族会 2011年4月号)

福岡県立大学大学院看護学研究科 四戸智昭

○父の存在について考える
 前回のエッセイに引き続き、「家族の中の父の存在」について考えてみたい。
 家族の中に父の存在があるということは、単に父も一緒に生活しているという世帯構成を指しているのではない。その家族が一集団として生活していく上で、父がその家族のリーダーとして存在しているか否かということが重要である。
 こう話すと、「シングルマザーの家庭は父がいないではないか。」という指摘もあるかもしれない。私がここで言う“父の存在”は“父の役割”の事であって、生物学的な男性を指しているのではない。だから、母親となる女性がときに“父の役割”をその家庭で担っているのなら、その家族は一集団としてひとつの調和を持った家族だと思う。


○アルファという意味
 父の役割は、リーダーシップに尽きるというのが私の意見だが、わが国の首相や官房長官のようなリーダーシップの取り方もあるので、この言葉はときに誤解が多い。そこで、父の役割についてもう少し丁寧に説明を加えたい。
 


 私事だが、先日、春休みを利用して、大分にドライブに出かけた。別府には、高崎山というサル公園があるのをご存知の方も多いことであろう。私はここで飼育員たちから餌をもらうサルの群れを観察するのがとても大好きなのである。
 先日は、B群と称される549匹のサルの群れが里に降りて高崎山の自然動物公園を占拠していた。群れの中のオスザルには、見事なまでにしっかりと序列が決まっているそうで、トップのオスザルの名は、タイガー。二番目は、マコトという名のオスザルであった。
ところで、霊長類学者たちは、トップのサルを単なるボスザルとは呼ばない。とある一群の、数匹だけの群れの中でも、そこでトップであれば、それはボスザルと呼ばれる。そうなると、549匹もの群れの中には、ボスザルが沢山いることになってしまうので、群れの本当のトップのサルは、ギリシア語で一番という意味のα(アルファ)オスと呼ぶとのことであった。

○領域の侵害を許さないという徹底した態度
 高崎山では、毎日、飼育員たちがサツマイモや麦を彼らに与える。サルたちの餌への執着した行動には目を見張るものがある。リヤカーに山のようにあったサツマイモは、ものの10秒足らずで無くなってしまう。子ザルから年寄りのサルまで、観光客の存在などお構い無く、彼らは手に抱えられる限りのサツマイモを奪い合う。
 
 しかし、この時、実は彼らの中の序列というルールは徹底している。ある一群の中でも、その中のボスザルの領域を犯して子ザルがサツマイモを取ろうとすると、ボスザルは徹底して、子ザルからサツマイモを奪い返す。その様子は、本当に容赦がない。ボスザルは、子ザルを掴んで力いっぱい投げ飛ばして、サツマイモを奪い返す。おそらく、こうやって、彼らは自分たちの群れの中に序列というルールがあることを学ぶのだと思う。なぜ、徹底した序列というルールがあるのか。それは群れが絶滅しないためである。

○αとして領域を支配するということ
 ひるがえって、あなたの家族という群れの中には、本当のトップ、αとしての父が存在しているだろうか。母と息子と娘の三人がいるときのボスが息子で、母と息子と夫の三人がいるときのボスがやはり息子、はたまた夫と妻のふたりがいるときのボスが妻で、というようにはなっていないだろうか。
時々、そのような形で家族のリーダーが代わることはあるかもしれない。しかし、あなたの家族全体をα(一番)として統括するのは父の役割である。
また、αとなる父は、自分の家の中であなたの領域を意識しているだろうか。あなたの領域は、あなたの家のあなたの書斎や寝室を指すのではない。領域は紛れもなく、あなたの家そのものである。
もちろん、私たちはサルと違って人間だから、腕力で領域を支配する必要はない。極めてスマートに「この家は、私と妻の住む家である。私が言うルールを守れないのであれば、一緒には住めない。」という言葉と態度を明示することが父の重要な役割でありリーダーシップである。
 前回の例会では、心から家族を変えようと願う、勇気を持った父が例会に出席し、家族のことを語ってくださった。こういった父がまた例会の場に登場してくださることを願ってやまない。



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